世界のマーケターは何を語っているか? 第6回:キアラン・フラナガン
キアラン・フラナガンのAIマーケティング論から、AIを作業効率化ではなく、GTM、SEO、コンテンツ、営業接続を学習し続ける組織システムとして組み込む視点を読み解きます。

第6回:キアラン・フラナガン
AI時代に必要なのは、「AIを使えるマーケター」ではなく「AIで学習する組織を作れるマーケター」である
AIについて語るマーケターは、すでに山ほどいます。生成AIで広告文を作る方法、ChatGPTでSEO記事を書く方法、AIで営業メールを量産する方法、画像生成でクリエイティブを作る方法。そうしたノウハウは、いまや毎日のように流れてきます。
しかし、その多くは「作業を少し速くする話」にとどまっています。もちろん、作業が速くなることには価値があります。文章作成、リサーチ、要約、広告案の作成、メール文面の改善、レポートの自動化。これらは確実に便利です。ただ、それだけではマーケティングの本質は変わりません。むしろ、誰もが同じようにAIを使い、同じような文章を大量に出すようになれば、マーケティングはさらに均質化していきます。
キアラン・フラナガンが面白いのは、AIを単なる業務効率化ツールとして見ていないところです。
彼にとってAIは、マーケティングの作業を代替するものではありません。マーケティング組織の構造、学習速度、実験量、意思決定の方法を変えるものです。つまり、AI時代のマーケティングとは「AIでコンテンツを作ること」ではなく、「AIを組み込んだ成長システムを作ること」なのです。
キアラン・フラナガンは、HubSpotのSVP Marketingとして紹介されているBtoB SaaS領域のマーケティングリーダーです。本人のSubstackプロフィールでは、HubSpotのSVP Marketingであり、ポッドキャストホスト、投資家、アドバイザーとして紹介されています。
彼はまた、HubSpotのCMOであるKipp Bodnarとともに、ポッドキャスト『Marketing Against The Grain』を運営しています。HubSpot Podcast Networkでは、この番組は成長戦略、AI、GTM、コンテンツ、メディア、プロダクト成長などを扱う番組として紹介されています。
日本では、セス・ゴーディンやローリー・サザーランドに比べると、キアラン・フラナガンの名前はまだあまり知られていません。しかし、いまのBtoBマーケティング、SaaSマーケティング、AI時代のGo-to-Marketを考えるうえでは、かなり重要な人物です。なぜなら彼は、AIについて外側から論評している人ではなく、大規模なマーケティング組織の中でAIを実装しようとしている人だからです。
AIは追加機能ではなく、組織の作り直しである
彼の考え方がよく表れているのが、自身のSubstackで書いている「エージェント時代のマーケティング組織」に関する文章です。そこで彼は、多くのマーケティングリーダーが既存の組織にAIアシスタントやツールを追加しようとしているが、それは古い構造にAIを貼り付けているだけだ、という趣旨の批判をしています。AIを既存の仕事に統合するだけでは最小限の成果しか出ない。チームの働き方、組織構造、必要なスキルそのものを見直すべきだ、という考え方です。
ここが非常に重要です。
多くの企業は、AIを「追加機能」として導入します。営業部門にAIメール作成ツールを入れる。マーケティング部門にAIライティングツールを入れる。カスタマーサポートにチャットボットを入れる。会議議事録をAIで要約する。これらは便利ですが、あくまで従来の業務フローを少し効率化しているだけです。
フラナガンが言っているのは、それでは足りないということです。
AI時代の本質は、既存の組織をそのままにして、そこにAIを足すことではありません。むしろ、AIがある前提で仕事の流れを作り直すことです。どの情報をAIに渡すのか。どの判断を人間が持つのか。どの作業をエージェントに任せるのか。どの知見を再利用可能な形で残すのか。どのタイミングで人間がレビューし、どのタイミングで実験を回すのか。こうした設計を変えなければ、AIは単なる便利ツールで終わります。
彼は別の文章で、AIをGTMに追加することと、GTMそのものをAI中心に組み替えることは違うと述べています。そして、電気が工場に導入された初期の例を引きながら、多くの工場が蒸気機関を電気モーターに置き換えただけでは生産性を大きく変えられなかったが、本当に変わったのは工場のレイアウトやワークフローを作り直した企業だった、という趣旨の説明をしています。
これは、いまのマーケティング部門にそのまま当てはまります。
AIで記事を速く書けるようになった。AIで広告案を多く出せるようになった。AIでメールを自動生成できるようになった。そこで止まっている会社は、蒸気機関を電気モーターに置き換えただけの工場に近いのかもしれません。本当に問うべきなのは、AIによってマーケティングの生産方式そのものを変えられるかどうかです。
マーケティング部門を「学習する組織」に変える
たとえば、これまでのマーケティングは、比較的ゆっくりしたサイクルで動いていました。市場調査をする。企画を立てる。コンテンツを作る。広告を出す。反応を見る。レポートを作る。次の施策に反映する。もちろん実務ではもっと速く回している企業もありますが、それでも人間の作業量がボトルネックになる場面は多かったはずです。
AIが入ると、このサイクルの速度が変わります。顧客の声を要約する。競合の訴求を整理する。検索意図を分類する。商談ログから失注理由を抽出する。LPの改善案を出す。メールのパターンを作る。営業資料を顧客セグメント別に変える。ここまでは、すでに多くの人が想像しています。
しかしフラナガンの視点では、さらに先があります。
AI時代のマーケティング組織は、単にアウトプットを増やす組織ではなく、学習する組織になる必要があります。市場から得られた反応、顧客から得られた発言、営業現場で起きた反論、広告で検証された訴求、コンテンツで獲得した検索意図、AI検索で引用された情報。これらを一回限りのレポートで終わらせるのではなく、次の施策に使える知識として蓄積していく。そうして組織そのものが賢くなる状態を作ることが重要になります。
フラナガンは、自身のニュースレターでも「AI + Marketing」を中心テーマに掲げ、AIをマーケティングやグロースのワークフローに実装し、企業やキャリアの成長を加速させることを目的に発信しています。ここで重要なのは、彼がAIを「コンテンツ生成の道具」としてではなく、マーケターの仕事のOSとして扱っている点です。
SEOも「検索順位」だけでは終わらない
この考え方は、SEOにも表れています。
キアラン・フラナガンは、もともとSEOからキャリアを始めた人物としても紹介されています。だからこそ、彼が語る「AI時代のSEO」は、単なる流行語ではありません。彼は、従来のSEOが終わると雑に言っているのではなく、検索行動そのものが変わる以上、マーケティングの発見経路も変わると見ています。
GTMnowでのインタビューでは、BtoBのGo-to-Marketにおける大きな変化として、クリエイター主導のマーケティング、AIエンジン最適化、そしてマルチモーダルなエージェントを組み込んだWebサイトの変化が語られています。
これは、かなり大きな転換です。
これまでSEOは、Googleで検索され、検索結果に表示され、クリックされ、自社サイトに流入してもらうことを前提にしていました。しかし、AI検索やLLMが普及すると、顧客は必ずしも青いリンクをクリックしません。ChatGPTやGeminiやPerplexityに質問し、その場で候補を比較し、要点を把握し、場合によってはブランド名だけを覚えて次の行動に移ります。
このとき、マーケターが考えるべきことは「検索順位」だけではありません。AIの回答の中に、自社はどう登場するのか。顧客が質問したときに、どの情報源が参照されるのか。自社サイトの情報はAIに理解されやすい形になっているのか。第三者メディア、レビュー、コミュニティ、SNS、YouTube、ポッドキャスト、ニュースレターなど、AIと人間の双方が参照する情報空間の中で、自社はどのように存在しているのか。
フラナガンの言う新しいマーケティングは、この「発見される構造」の再設計に近いものです。
個人の視点が価値になる
そして、ここで彼がもう一つ強く見ているのが、個人の存在です。GTMnowのインタビューで彼は、BtoBもBtoCのように、人はブランドではなく個人に引き寄せられるようになると語っています。ポッドキャスト、ニュースレター、YouTube、ソーシャルチャネルの多くは、ブランドよりも個人の人格や視点を優遇するため、コンテンツプログラムは従来のキーワード最適化やブログ中心の形から、メディアやクリエイター主導の形へ変わっていくという見方です。
これはセス・ゴーディンの「人は所属や共感で動く」という話とも接続しますが、AI時代にはさらに切実です。AIによって平均的な文章、平均的な解説、平均的なノウハウは大量に生成されます。そうなると、単に正しい情報を出すだけでは価値が下がります。むしろ価値を持つのは、その人にしか言えない視点、現場から出た違和感、具体的な経験、賛否を生む主張、継続的に蓄積された信頼です。
つまり、AIが進化するほど、人間の「立場」や「編集」が重要になるのです。
ここを誤解すると、AI時代のマーケティングはすぐに凡庸になります。AIで記事を増やす。AIでSNSを増やす。AIでメールを増やす。AIで広告文を増やす。そうやって量だけを増やしても、誰も覚えてくれません。むしろ、世の中に似たようなコンテンツが増えるほど、顧客は無視する力を強めます。
フラナガンが語る「AI時代のマーケター」は、AIで量産する人ではありません。AIを使って、より速く学び、より深く顧客を理解し、より鋭い仮説を作り、より多くの実験を回し、その結果を組織の知識に変える人です。
日本企業が学ぶべきこと
ここで、日本企業への示唆はかなり大きいと思います。
日本企業では、AI活用の議論が「人件費削減」や「作業効率化」に寄りがちです。議事録を自動化する。記事作成を効率化する。レポートを自動化する。問い合わせ対応を省力化する。もちろん、それは必要です。しかし、それだけでは競争優位にはなりません。なぜなら、同じことは競合もすぐにできるからです。
本当に差が出るのは、AIを使って何を学習するかです。
顧客の不満をどう蓄積するのか。営業現場の失注理由をどう構造化するのか。広告で試した訴求の反応をどう次の企画に戻すのか。検索やAI検索で見えてきた顧客の問いをどう商品開発に返すのか。問い合わせ、商談、レビュー、SNS、コンテンツ、広告、カスタマーサクセスの情報をどうつなげるのか。
AI時代に強いマーケティング組織とは、単にAIツールをたくさん使っている組織ではありません。市場から得た情報が、組織の中で学習され続ける構造を持っている組織です。
キアラン・フラナガンの議論は、ここで単なるAI活用論を超えます。彼が見ているのは、AIによってマーケティングが「制作部門」から「知能システム」へ変わる可能性です。広告を作る。記事を作る。メールを作る。資料を作る。これらは今後も必要ですが、それ以上に重要になるのは、顧客と市場を理解する速度を上げることです。
そして、その理解をもとに、次の打ち手を作り、検証し、更新し続けることです。
第1回のローリー・サザーランドは、価値は商品の中だけではなく、人間の認識の中で変わると教えてくれました。第2回のセス・ゴーディンは、マーケティングとは大衆に叫ぶことではなく、信じてくれる人たちとの関係を作ることだと語りました。第3回のマーク・リッツォンは、流行語ではなく市場の現実に戻れと迫りました。第4回のスコット・ギャロウェイは、ブランドは企業価値に変換されなければ意味がないと示しました。
そして、第5回のジョアンナ・ウィーブは、コピーはセンスではなく顧客の言葉から組み立てるものだと教えてくれました。
その流れで見ると、キアラン・フラナガンは、AI時代のマーケティングに対して、こう問いかけているように見えます。
そのAI活用は、単に作業を速くしているだけなのか。
それとも、組織を賢くしているのか。
この差は大きいです。
AI時代のマーケティングとは、生成ではなく学習の話である
作業を速くするAI活用は、いずれ当たり前になります。文章を作る、画像を作る、要約する、分類する、メールを書く、広告案を出す。これらは標準機能になっていきます。そこで差はつきません。
差がつくのは、AIを使って市場理解を深め、顧客の問いを発見し、実験の速度を上げ、勝ちパターンを蓄積し、組織の学習能力を高める企業です。
AI時代のマーケターに必要なのは、プロンプトの小技だけではありません。AIで作業を置き換える発想でもありません。必要なのは、AIを前提にしてマーケティングの仕組みそのものを設計し直す力です。
キアラン・フラナガンが教えてくれるのは、AI時代のマーケティングとは「生成」の話ではなく、「学習」の話だということです。
AIで何を作るかではなく、AIで何を理解するか。
AIでどれだけ増やすかではなく、AIでどれだけ速く学ぶか。
AIを誰に使わせるかではなく、AIを組織のどこに組み込むか。
AIで人を減らすかではなく、AIでマーケティングの知能をどう高めるか。
この問いに向き合える企業だけが、AIを単なる効率化ツールではなく、成長のエンジンに変えられるのです。
AIを使ったマーケティングの仕組み化に関心がある場合は、マーケティング診断で何を見るべきかや、マーケター向けのマケマニもあわせて見ると、現場でどこから学習ループを作るか考えやすくなります。
参考
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