世界のマーケターは何を語っているか? 第3回:マーク・リッツォン
マーク・リッツォンの思想から、パーパス、差別化、流行施策への信仰を離れ、顧客に選ばれる確率を上げるマーケティングを読み解きます。

「ブランドは宗教ではない」
マーケティング業界には、不思議な現象があります。
ある考え方が流行ると、いつの間にか誰もが同じことを言い始めます。
ブランドが大事。パーパスが大事。ファンを作れ。コミュニティを作れ。差別化しろ。
もちろん、どれも間違いではありません。
しかし、その言葉が独り歩きを始めると、本来の目的を見失うことがあります。
そんなマーケティング業界に対して、容赦なく異論を投げ続けている人物がいます。
マーク・リッツォンです。
流行に流されないマーケティング教授
リッツォンは、London Business School、MIT Sloan、Melbourne Business SchoolなどでMBA向けにマーケティングを教えてきたマーケティング教授であり、Marketing Weekの人気コラムニストでもあります。
しかし、彼を単なる学者だと思うと大きな誤解です。
彼はLVMHグループのブランドプログラムにも関わり、Louis Vuitton、Dom Pérignon、Hennessyなどのラグジュアリーブランドに携わってきました。また、McKinsey、Subaru、De Beers、Ericsson、WD-40など、さまざまなグローバル企業のブランド戦略にも関与しています。
つまり彼は、ブランドを教科書の中だけで語る人ではありません。
実際に世界中の企業が大きな予算を投じるブランド戦略の現場を見てきた人物です。
だからこそ、彼の発言は辛辣です。流行に流されない。綺麗事に逃げない。そして常に、次の問いを投げ続けます。
それは本当に売上につながっているのか。
好き嫌いは分かれます。しかし、世界中のCMOやブランド責任者が彼の発信を追い続けているのも事実です。理由は簡単です。彼が語るのは理想論ではなく、現実だからです。
パーパスは戦略ではない
リッツォンが近年強く批判してきたテーマの一つが、パーパスの扱いです。
ここ数年、日本でもパーパス経営が流行しました。企業の存在意義、社会への貢献、サステナビリティ、多様性。こうした考え方はもちろん重要です。
しかし、リッツォンはパーパスそのものを否定しているわけではありません。
彼が批判しているのは、パーパスがあれば売れるという幻想です。
どれだけ立派な存在意義を掲げても、顧客が買わなければ事業は成り立ちません。どれだけ社会課題を語っても、市場シェアが伸びなければ競争には勝てません。
企業が存在意義を持つことと、企業が成長することは別問題です。
当たり前の話ですが、マーケティング業界では時々忘れられてしまう話でもあります。
パーパスはブランドを支えることはできます。しかし、ブランド戦略そのものではありません。顧客が買う理由を作らなければ意味がありません。
これは、日本企業にも非常に当てはまります。
パーパスを策定した。ブランドブックも作った。社内浸透も進めた。しかし売上は変わらない。そういう企業は少なくありません。
そのとき本当に必要なのは、パーパスを磨くことではなく、顧客が選ぶ理由を磨くことです。
差別化信仰から、思い出される確率へ
リッツォンがもう一つ強く批判するのが、差別化信仰です。
マーケティングの教科書には必ずこう書いてあります。競合と差別化しろ。独自性を作れ。USPを持て。
しかしリッツォンは、現実を見ろと言います。
実際の消費者は、企業が思っているほどブランドの違いを認識していません。多くのカテゴリーにおいて、消費者はブランドを細かく比較していない。スペック表を見比べていない。ポジショニングマップを頭に描いていない。
ただ、思い出したブランドを買う。目の前にあるブランドを買う。聞いたことのあるブランドを買う。
だからブランド成長に必要なのは、無理やり違いを作ることだけではありません。思い出されやすくなることです。
これは、バイロン・シャープのメンタルアベイラビリティやブランドの記憶構造の考え方とも重なります。
広告についても同じです。
企業は広告で説明したがります。商品の特徴、競合との違い、機能的優位性。しかし広告の最初の仕事は、説明だけではありません。記憶を作ることです。
購入時に思い出されなければ、比較の土俵にすら立てないからです。
新しいものが好きすぎるマーケター
リッツォンは、マーケターの弱点も鋭く指摘します。
それは、マーケターは新しいものが好きすぎるということです。
SNSが流行れば飛びつく。メタバースが流行れば飛びつく。NFTが流行れば飛びつく。AIが流行れば飛びつく。
もちろん新しい技術は重要です。しかし、顧客理解は古くなりません。ブランド構築も古くなりません。価格戦略も古くなりません。流通戦略も古くなりません。
なぜなら、マーケティングの本質は、顧客に選ばれる確率を上げることだからです。
ここがリッツォンの魅力です。
彼は流行を否定しているのではありません。流行に振り回されることを否定しているのです。
マーケティングは信じるものではなく、検証するもの

リッツォンの発信には、一貫しているものがあります。
マーケティングは宗教ではありません。信じるものではありません。検証するものです。
市場を見る。顧客を見る。競合を見る。数字を見る。売上を見る。そして、本当に効果があるものだけを残す。
その積み重ねがブランドになります。
マーク・リッツォンが私たちに教えてくれることを一言でまとめるなら、次のようになります。
マーケティングは流行を追う仕事ではありません。顧客に選ばれる確率を上げる仕事です。
新しい施策を考える前に、顧客はそのブランドを知っているのか。パーパスを語る前に、顧客はその商品を買う理由を持っているのか。差別化を語る前に、顧客はそのブランドを思い出せるのか。
リッツォンが教えてくれるのは、マーケティングとは華やかなアイデアではなく、市場で選ばれるための現実的な仕組みづくりだということです。
マケマニで見たい論点
マケマニの診断でも、流行の施策をどれだけ実施しているかだけを見るわけではありません。
見るべきなのは、顧客に選ばれる確率を上げる構造があるかです。
顧客はそのブランドを思い出せるのか。買う理由は整理されているのか。パーパスやブランドメッセージは、購買理由とつながっているのか。広告やSNSは、記憶を作る役割を果たしているのか。価格、流通、営業、商品価値と矛盾していないか。
もしパーパスや差別化の言葉だけが先行しているなら、まず顧客が選ぶ理由に戻る必要があります。
マーケティングは信仰ではありません。市場で検証されるものです。
参考
- Mark Ritson - Marketing Week columnist
- Mark Ritson - Marketing keynote and conference speaker
- MiniMBA online courses with Mark Ritson
- Mark Ritson: A true brand purpose doesn’t boost profit, it sacrifices it
- Mark Ritson: Tactics without strategy is dumbing down our discipline
- Ritson: Creativity is distracting marketers from what matters
Related Columns

