世界のマーケター2026/06/057分で読める

世界のマーケターは何を語っているか? 第4回:スコット・ギャロウェイ

スコット・ギャロウェイのブランド論から、ブランドを広告表現や好意度で終わらせず、売上、利益、価格決定力、企業価値へ変換する視点を読み解きます。

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ブランドが顧客感情から企業価値へ変換される構造を表す抽象キービジュアル
Visual: Generated for Makemani

第4回:スコット・ギャロウェイ

「ブランドは、企業価値に変換されて初めて意味を持つ」

マーケティングの世界では、長いあいだ「ブランド」が特別な言葉として扱われてきました。ブランドがあれば、価格競争から抜け出せる。ブランドがあれば、顧客に選ばれる。ブランドがあれば、広告効率も採用力も上がる。確かに、それは間違いではありません。強いブランドは、企業に多くの恩恵をもたらします。

しかし、スコット・ギャロウェイは、この「ブランド」という言葉の使われ方に対して、かなり冷ややかな視線を向けます。

彼は、ブランドそのものを否定しているわけではありません。むしろ、ブランドが企業価値に与える影響を誰よりも強く意識している人物です。ただし彼が見ているのは、広告業界が語るような「世界観」や「好意度」だけではありません。そのブランドが、売上を伸ばしているのか。利益率を高めているのか。資本市場から評価される事業構造を作っているのか。そこまで含めて見なければ、ブランドを語ったことにはならない、というのがギャロウェイの視点です。

スコット・ギャロウェイは、ニューヨーク大学スターン経営大学院のマーケティング教授であり、ブランド戦略とデジタルマーケティングをMBA学生に教えています。同時に、Red Envelope、Prophet Brand Strategy、L2 Inc.などを創業してきた起業家でもあります。L2はブランドや企業のデジタル能力を分析する調査会社で、2017年にGartnerへ買収されました。彼は、教壇でマーケティングを語るだけの人物ではなく、会社を作り、売却し、投資家や市場の評価にさらされてきた人物でもあります。Vox Media Podcasts

この経歴が、彼のブランド論を独特なものにしています。

多くのマーケターは、ブランドを顧客の側から見ます。顧客にどう認識されているか。どのような感情を持たれているか。想起されるか。信頼されるか。それはもちろん重要です。しかしギャロウェイは、それだけでは足りないと言います。ブランドは顧客の心の中にあるだけでは不十分です。それが企業価値に変換されなければ、経営上の意味は限定的です。

彼が2023年のカンヌライオンズで語ったとされる「The era of brand is over」という言葉は、その象徴です。直訳すれば「ブランドの時代は終わった」となりますが、これは「ブランドが不要になった」という意味ではありません。むしろ、広告やイメージだけでブランド価値を上乗せできた時代が終わりつつある、という問題提起として読むべきです。WARC

かつてブランドには、ある種の情報格差がありました。企業が広告で語ること、店頭で見えること、周囲の評判、その限られた情報の中で顧客は商品を選んでいました。しかし今は違います。顧客は検索し、レビューを読み、SNSで評判を確認し、YouTubeやTikTokで使用感を見ます。価格も比較されます。競合も可視化されます。企業が「私たちはこういうブランドです」と語っても、その言葉が実際の体験や市場の評価と一致しなければ、すぐに見抜かれます。

つまり、ブランドは企業が作る物語であると同時に、市場によって検証される約束になったのです。

ギャロウェイの考え方を理解するうえで重要なのが、彼自身がL2をGartnerに売却した後に書いた文章です。彼はそこで、「この市場では、利益よりも約束の方が価値を持つ」と述べています。これは非常に資本市場的な言葉です。企業価値は現在の利益だけで決まるわけではありません。成長可能性、差別化、将来の市場支配力、価格決定力、顧客基盤の強さ。そうした未来への期待が、企業価値を押し上げます。No Mercy / No Malice

ここでブランドの意味が変わります。

顧客の感情や信頼が、事業構造と市場評価を通じて企業価値へ変換される
ギャロウェイの視点では、ブランドは好意度や世界観で終わるものではなく、売上、価格決定力、利益率、将来期待へ変換されて初めて経営資産になります。

ブランドとは、単に「顧客に好かれている状態」ではありません。未来の収益に対する期待を作る力でもあります。この会社は伸びる。この商品は広がる。このブランドは値下げしなくても選ばれる。この顧客基盤は長期的な利益を生む。そう市場に信じさせる力も、ブランドの一部です。

だからギャロウェイにとって、ブランドは広告キャンペーンではありません。ロゴでも、スローガンでも、パーパス文でもありません。ブランドとは、事業の強さが顧客と資本市場の両方に翻訳されたものです。

この見方は、彼の代表作『The Four』にもよく表れています。この本で彼は、Amazon、Apple、Facebook、Googleを分析しています。彼が面白いのは、この4社を単なるテクノロジー企業として見ていないことです。彼は、これらの企業が人間の根源的な欲望に接続していると見ます。Googleは知識欲、Facebookは人間関係、Amazonは消費衝動、Appleはステータスや欲望に結びついている。WIREDの書評でも、ギャロウェイの分析は、これらの企業がテクノロジー、ストーリーテリング、イノベーション、資本を使って巨大化したものとして紹介されています。WIRED

ここで重要なのは、彼が「ブランド」を単独で見ていないことです。Amazonが強いのは、広告がうまいからではありません。物流、クラウド、マーケットプレイス、会員制度、検索、広告、決済、データが組み合わさり、顧客にとっての利便性を圧倒的に高めたからです。Appleが強いのも、単に美しい広告を作ったからではありません。製品、OS、店舗、アプリ経済圏、デザイン、価格、所有することの意味が統合され、顧客の中に高い期待と支払い意思を作っているからです。

ここでは、ブランドは事業構造の結果として生まれています。

広告でブランドを作るのではなく、事業全体がブランドになる。これがギャロウェイ的な見方です。

この視点に立つと、マーケティングの仕事はかなり変わります。広告を出すこと、SNSを運用すること、認知を増やすことは、もちろん重要です。しかし、それだけでは経営の中心には入りません。マーケターが本当に問わなければならないのは、その認知が売上に変わるのか、その好意が価格決定力に変わるのか、その広告が将来の利益を増やすのか、そのブランド投資が企業価値を高めるのか、ということです。

ギャロウェイは、デジタル広告にもかなり批判的です。彼は2021年の文章で、デジタル広告の測定可能性という約束がCMOにとって「crack」のようなものだったと書き、デジタル広告の構造は不安定で崩壊し得るとも指摘しています。ここで彼が批判しているのは、広告そのものではありません。広告指標を過信し、測定できるものだけを価値だと思い込むマーケティングの姿勢です。Marker

クリック率が高い。CPAが下がった。ROASが改善した。これらは実務上、重要な指標です。しかし、それはマーケティングの一部でしかありません。短期の広告効率が良くても、利益率が低ければ企業は強くなりません。獲得単価が下がっても、継続率が低ければ顧客基盤は資産になりません。フォロワーが増えても、価格を維持できなければブランド価値は利益に変換されません。

この点で、ギャロウェイの議論は日本企業にもかなり刺さります。

日本のマーケティング現場では、いまだにマーケティングが「施策部門」として扱われることが少なくありません。広告をどうするか。SNSをどうするか。展示会をどうするか。SEOをどうするか。動画をどうするか。そうした議論は必要ですが、それだけでは経営の問いに届きません。経営側が本当に知りたいのは、それによって事業がどう強くなるのかです。

売上は伸びるのか。粗利は改善するのか。営業効率は上がるのか。価格を守れるのか。採用に効くのか。顧客基盤は蓄積されるのか。資本市場から見て、将来の成長期待を作れるのか。

この問いに答えられないマーケティングは、どれだけ専門的に見えても、経営の中心には入りにくい。

ギャロウェイの面白さは、マーケティングを華やかな仕事として語らないところにあります。彼にとってマーケティングは、広告表現の話ではなく、企業価値の話です。顧客の欲望を理解し、それを満たす事業構造を作り、その結果として市場から高く評価される状態を作る。そこまで行って初めて、ブランドは「経営資産」になります。

だから、彼のブランド論は少し残酷です。

顧客に好かれているだけでは足りない。話題になっているだけでも足りない。広告賞を取っても、それだけでは足りない。ブランドが本当に強いなら、価格に反映されるはずです。継続率に反映されるはずです。採用力に反映されるはずです。資本コストに反映されるはずです。企業価値に反映されるはずです。

そう考えると、ブランドとは感情の産物であると同時に、極めて財務的な存在でもあります。

第1回のローリー・サザーランドは、価値は商品の中だけにあるのではなく、人間の認識の中で変わると教えてくれました。第2回のセス・ゴーディンは、マーケティングとは大衆に叫ぶことではなく、信じてくれる人たちとの関係を作ることだと語りました。第3回のマーク・リッツォンは、流行語や美しい理念ではなく、市場の現実と売上に戻れとマーケターに迫りました。

そして第4回のスコット・ギャロウェイは、さらに一段冷たい問いを投げかけます。

そのブランドは、企業価値を上げているのか。

この問いは、広告運用者にも、ブランド担当者にも、経営者にも重い問いです。なぜなら、ここではマーケティングが「良い施策をやったか」では評価されないからです。評価されるのは、その施策が事業の強さに変わったかどうかです。

認知を上げる前に、その認知は収益に変わるのか。好意度を高める前に、その好意は価格決定力に変わるのか。広告を増やす前に、その広告は将来の利益を作っているのか。ブランドを語る前に、そのブランドは市場から見て価値ある約束になっているのか。

スコット・ギャロウェイが教えてくれるのは、マーケティングを施策の言葉だけで語るな、ということです。

マーケティングは、顧客理解の仕事です。同時に、事業を強くする仕事です。そして最終的には、企業価値を作る仕事でもあります。ブランドが本当に重要だと言うなら、それを広告や世界観の話で終わらせてはいけません。ブランドは、顧客の感情に残り、事業の利益に変わり、資本市場の期待に変換されて初めて、経営上の意味を持つのです。

参考

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