世界のマーケターは何を語っているか? 第5回:ジョアンナ・ウィーブ
ジョアンナ・ウィーブのconversion copywritingから、コピーをセンスではなく顧客の言葉から組み立て、意思決定を前に進める考え方を読み解きます。

第5回:ジョアンナ・ウィーブ
コピーは、センスで書くものではない。顧客の言葉から組み立てるものである
第4回で取り上げたスコット・ギャロウェイは、ブランドを資本市場から見ました。ブランドは顧客の感情で終わるものではなく、売上、利益率、価格決定力、企業価値に変換されて初めて経営上の意味を持つ。そういう非常に大きな視点でした。
第5回では、そこから一気に小さな場所へ降りていきます。
ランディングページの見出し。メールの件名。フォームの直前に置かれた一文。価格表の上にある説明文。CTAボタンの周辺にある不安を消す言葉。
マーケティングは、ときに大きな概念で語られます。ブランド、パーパス、コミュニティ、カテゴリー、企業価値。しかし、実際の顧客の意思決定は、もっと小さな接点で起きています。読んで、引っかかる。読んで、安心する。読んで、自分のことだと思う。読んで、次に進む。あるいは、読んでも何も感じずに離脱する。
その小さな接点を、徹底的に研究してきた人物がいます。
ジョアンナ・ウィーブです。
Web上で顧客を動かす言葉を研究してきた人
日本ではまだ、セス・ゴーディンやローリー・サザーランドほど名前が知られている人物ではありません。しかし、海外のSaaS、スタートアップ、CRO、グロースマーケティングの領域では、彼女は非常に重要な存在です。
ジョアンナ・ウィーブはCopyhackersの創業者であり、「conversion copywriting」という領域を代表する人物として紹介されています。彼女自身のプロフィールによれば、2010年にIntuitで働きながらHacker News上でスタートアップ創業者のWebサイト改善を手伝ったことをきっかけに注目を集め、その後、2011年にコピーライティングに関する本をHacker Newsで公開し、Copyhackersを立ち上げています。
彼女の経歴が面白いのは、広告代理店のコピーライターとして有名になったわけではないことです。Copyhackers以前に、代理店、大手テック企業、そしてコンバージョン改善のコンサルティング会社で、コピーライター兼コンテンツストラテジストとして経験を積んだと説明されています。
つまり彼女は、広告コピーの名文を書く人というより、Web上で顧客を動かす言葉を研究してきた人です。
これは非常に重要です。
日本で「コピーライティング」と言うと、どうしても広告のキャッチコピーや、セールスレター的な文章術を想像されがちです。短く、強く、印象的な言葉を作る技術。あるいは、心理トリガーを使って人を買わせる技術。そうしたイメージがつきまといます。
しかしジョアンナ・ウィーブが語るコピーライティングは、少し違います。彼女にとってコピーとは、言葉の飾りではありません。顧客の意思決定を前に進めるための設計です。だから、良いコピーとは「うまい文章」ではなく、「顧客が次の行動に進む文章」になります。
コピーは最後に書くものではない
この思想は、彼女の近刊『The Copyselling System』の説明にもはっきり表れています。同書の紹介では、効果的なコピーライターは単なる言葉の職人ではなく、売る人であり、聞こえの良いコピーと売れるコピーは別物だと説明されています。また、その出発点はブランドではなく顧客である、とも明記されています。
ここに、ジョアンナ・ウィーブの本質があります。
多くの企業は、コピーを「最後に整えるもの」だと思っています。商品ができた。サービス資料ができた。LPの構成ができた。デザインができた。最後に、誰かがそれっぽい文章を入れる。こうしてコピーは、マーケティングの最終工程に追いやられます。
しかし、彼女の考え方では逆です。
コピーは最後に書くものではありません。顧客理解の入口です。なぜ顧客はその商品に関心を持つのか。何に困っているのか。どんな言葉で悩みを表現しているのか。どんな不安で止まっているのか。どんな比較対象を見ているのか。どんな瞬間に「これは自分のためのものだ」と感じるのか。こうした問いを掘らない限り、コピーはただの企業側の説明になります。
企業側の説明は、たいてい似ています。
業務効率化を支援します。
DXを推進します。
伴走型で課題解決します。
高品質なソリューションを提供します。
お客様に寄り添います。
安心・安全なサービスです。
どれも悪い言葉ではありません。しかし、顧客の頭の中で起きている会話とは、かなり距離があります。顧客は「DXを推進したい」と考えているのではなく、「このままだと来月の報告に間に合わない」「現場がまた使わないシステムを入れることになりそうだ」「上司をどう説得すればいいかわからない」と考えているかもしれません。
顧客は「伴走型の支援が欲しい」と言っているように見えて、実際には「丸投げしたいわけではないが、社内だけでは進まない」と感じているかもしれません。
コピーの仕事は、この距離を埋めることです。
ジョアンナ・ウィーブは、コピーを書くときには顧客の頭の中で起きている会話に入っていくべきだと教えています。Copyhackersのチュートリアルでも、「顧客の頭の中で起きている会話に加わる」ために、顧客が何を考えているのかを見つける練習が紹介されています。
これは、ただの表現テクニックではありません。マーケティングの順番を変える考え方です。
先に言いたいことを決めるのではない。先に顧客がすでに考えていることを知る。先にブランドの世界観を押し出すのではない。先に顧客の現実に入る。先に「何を伝えるか」を考えるのではない。先に「相手はどの状態にいるのか」を理解する。
だから彼女のコピーライティングは、リサーチから始まります。
コピーは書くものではなく、組み立てるもの
彼女は、顧客の声を集める方法としてレビューや既存の顧客発言を非常に重視します。Business of Softwareでの講演では、Amazonなどのレビューサイトを見て、見込み客が何を感じ、何を期待し、どこでつまずいているのかを探す方法を語っています。そして、そこで見つけた言葉をページ上に整理していく作業を「組み立てる」プロセスとして説明しています。
ここで出てくる重要な考え方が、「コピーは書くものではなく、組み立てるものだ」という発想です。
これは古典的なコピーライティングの文脈にも通じる考え方ですが、ジョアンナ・ウィーブはそれを現代のWebマーケティングに落とし込みました。彼女の講演録では、コピーは完全に組み立てられるものであり、そのためにはよく聞くことが必要だと語られています。
この考え方は、AI時代にさらに重要になります。
生成AIを使えば、文章はすぐに作れます。LPの見出しも、メールの件名も、広告文も、SNS投稿も、数秒で大量に出せます。しかし、そこで出てくる言葉の多くは、平均化された言葉です。もっと言えば、どこかで見たようなマーケティング語です。
課題解決、価値提供、最適化、効率化、革新、支援、成長。こうした言葉は整っていますが、顧客の身体感覚からは遠い。
ジョアンナ・ウィーブの価値は、まさにここにあります。彼女が教えているのは、文章生成ではありません。メッセージ発見です。どう書くかの前に、何を言えば顧客が反応するのかを見つける。どの言葉なら、顧客が「これは自分のことだ」と感じるのかを探す。どの不安を先に潰せば、次の行動に進みやすくなるのかを見極める。
これは、AIが文章を書くようになった時代でも、人間のマーケターに残る仕事です。むしろ、AIによって文章の量が増えるほど、本当に顧客の言葉を聞けているコピーは目立つようになります。
平均的な顧客に向けて書かない
彼女が強調するもう一つの点は、「平均的な顧客」に向けて書かないということです。Business of Softwareの講演では、平均的な人など存在しないという趣旨の発言があり、コピーは特定の読者を群衆の中から呼び出すようなものでなければならないと語られています。
これは、多くのマーケティング資料が失敗する理由でもあります。
資料やWebサイトを作るとき、企業は安全な言葉を選びます。誰にも嫌われない言葉。どの部署からも文句が出ない言葉。法務も営業も経営も納得しやすい言葉。その結果、文章は丸くなります。間違ってはいないが、誰の心にも引っかからない。正しいが、弱い。きれいだが、動かない。
ジョアンナ・ウィーブのコピーライティングは、この逆を行きます。誰にでも当てはまる言葉ではなく、特定の顧客が「そう、それが言いたかった」と感じる言葉を探す。企業が言いたいことではなく、顧客がすでに考えていることを見つける。美しい文章ではなく、行動を前に進める文章にする。
この思想は、彼女が関わってきた企業群を見ても納得できます。Amazonの著者ページでは、ジョアンナ・ウィーブはBT、Canva、Glowforge、Intuit、MetaLab、Prezi、Sprout Social、VWOなどの企業にメッセージ支援を行い、Shopify、Thinkific、AWSなどのチームをトレーニングしてきた人物として紹介されています。また、Think with Googleでの講師経験や、MozCon、Business of Software、CXL Liveなどでの登壇経験も紹介されています。
これらの企業に共通するのは、単に「かっこいいコピー」が必要だったわけではないということです。SaaS、テック、BtoB、成長企業において、コピーは売上に直結します。見出しが変われば、登録率が変わる。オンボーディングの言葉が変われば、利用継続率が変わる。価格ページの説明が変われば、商談化率が変わる。メールの一文が変われば、返信率が変わる。
つまり、コピーはクリエイティブではありますが、同時に収益のインフラでもあります。
日本企業が学ぶべきこと
ここで、日本企業が学ぶべきことは大きいと思います。日本企業の多くは、商品やサービスの中身は強い。しかし、その価値を顧客の言葉に翻訳するのが弱い。
機能はある。実績もある。真面目に作っている。サポートも丁寧。それなのに、Webサイトや資料では「高品質なサービス」「豊富な実績」「お客様に寄り添う支援」といった抽象語に落ちてしまう。
これは、コピーの問題に見えて、実は顧客理解の問題です。
顧客が何に困っているのかを、顧客の言葉で把握できていない。顧客が比較している選択肢を理解できていない。顧客が購入前に感じる不安を整理できていない。顧客が社内で説明するときに必要な言葉を渡せていない。だから、良い商品なのに伝わらない。良いサービスなのに選ばれない。
ジョアンナ・ウィーブの考え方を借りるなら、マーケティングの仕事は「良い文章を書くこと」ではありません。顧客がすでに持っている言葉、感情、不安、期待、反論を見つけ、それを売れる構造に組み立てることです。
そして、ここが非常に現代的です。
セス・ゴーディンは、語られる存在になれと言いました。ローリー・サザーランドは、価値は認識で変わると言いました。マーク・リッツォンは、流行語ではなく市場の現実を見ろと言いました。スコット・ギャロウェイは、ブランドは企業価値に変換されなければ意味がないと言いました。
ジョアンナ・ウィーブは、そのすべてを現場の一文に落とします。
価値は認識で変わる。では、その認識を変える言葉は何か。
語られる存在になれ。では、顧客が語りたくなる表現はどこにあるのか。
市場の現実を見ろ。では、顧客は実際にどんな言葉で悩みを語っているのか。
企業価値に変換せよ。では、どのメッセージがリード、商談、売上に変わるのか。
この意味で、ジョアンナ・ウィーブは単なるコピーライターではありません。彼女は、マーケティングにおける「言葉」の位置づけを変えた人です。言葉は最後に整えるものではない。言葉は、顧客理解そのものであり、売上を作る仕組みそのものです。
コピーとは、顧客の意思決定を前に進める技術である
第5回で彼女を取り上げる意味は、ここにあります。
マーケティングを語る人はたくさんいます。ブランドを語る人も、広告を語る人も、AIを語る人も、コミュニティを語る人もいます。しかし、最終的に顧客は、どこかで言葉を読み、判断します。その言葉が自分の問題に届いていなければ、どれだけ大きな戦略も止まります。
ジョアンナ・ウィーブが教えてくれるのは、コピーとは文章術ではなく、顧客の意思決定を前に進める技術だということです。
文章をうまく書く前に、顧客の言葉を聞けているか。
ブランドを語る前に、顧客の不安を理解しているか。
AIで量産する前に、何を言えば顧客が動くのかを見つけているか。
資料を整える前に、その一文は顧客の頭の中の会話に入っているか。
コピーは、センスで書くものではありません。
顧客の言葉から見つけ、整理し、組み立てるものです。
そして、その組み立てられた言葉が、顧客の行動を変え、売上を変え、やがてブランドを変えていくのです。
参考
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