なぜマーケティング本は売れないのか
マーケティングが広告や販促の仕事だと思われている国で、マーケティング本が売れにくく、マーケターも高く買われにくい理由を考えます。

マーケティングが「広告の仕事」だと思われている国で、マーケターが稼げない理由
マーケティング本は、なぜ売れにくいのか。
出版社や編集者と話していると、しばしば「マーケティング本は難しい」と言われます。売上、集客、ブランド、採用、顧客理解。企業はこれほど多くのマーケティング課題を抱えている。にもかかわらず、「マーケティングを学ぶ本」は、営業本、マネジメント本、自己啓発書、SNS活用本、AI活用本ほどには広がりにくい。
不思議な話です。
ただし、これは単に本の売り方の問題ではありません。もちろん出版市場全体の環境は厳しい。出版科学研究所の発表によれば、2025年の紙と電子を合わせた出版市場は前年比1.6%減の1兆5,462億円で、紙の出版市場は9,647億円となり、1兆円を割り込んだとされています。
しかし、マーケティング本が売れにくい理由を「出版不況」だけで説明してしまうと、本質を見誤ります。
問題はもっと深いところにあります。
マーケティングは必要なのに、自分ごと化されない
マーケティング本が売れないのは、マーケティングが不要だからではありません。むしろ逆です。マーケティングは、あらゆる企業に必要な経営機能です。
にもかかわらず、多くのビジネスパーソンにとって、マーケティングは「自分の仕事を変える知識」として見えていません。
営業は自分ごと化されます。マネジメントも自分ごと化されます。会計も、経営者や管理職にとっては自分ごと化されます。
しかしマーケティングは、しばしば「マーケ部の仕事」「宣伝部の仕事」「広告代理店に頼む仕事」として扱われます。
つまり、マーケティングは多くの企業で、経営の言葉ではなく、施策の言葉として流通してきました。
広告を出すこと。SNSを運用すること。SEOで流入を増やすこと。展示会に出ること。LPを作ること。メルマガを配信すること。キャンペーンを回すこと。
もちろん、それらはすべてマーケティングの一部です。
しかし、一部でしかありません。
本来のマーケティングは、価値を事業に変える構想である
本来のマーケティングは、もっと広いものです。
誰に、何を、なぜ届けるのか。その価値は、顧客にとってどのような意味を持つのか。それをどう商品にし、どう価格をつけ、どう届け、どう関係性を継続し、どう事業成長に変えるのか。
そこまでを設計するのがマーケティングです。
実際、日本マーケティング協会は2024年、34年ぶりにマーケティングの定義を刷新しました。新しい定義では、マーケティングを広告や販促だけでなく、顧客や社会との価値創造、価値の浸透、ステークホルダーとの関係性を含む構想とプロセスとして捉えています。
ここで重要なのは、マーケティングが「広告」ではなく、「価値創造」と「関係性」と「構想」の話として定義されていることです。
しかし現実の企業活動では、マーケティングはしばしば広告・販促・集客に矮小化されます。
Happy Marketingの資料でも、マーケティングが機能不全を起こす要因として、マーケティングの役割が不明確であること、勘と経験に基づいた意思決定、「宣伝」依存と部分的依頼体制、部門間連携不足、評価基準の不適切さ、トップのマーケティング不関与などを整理しています。
これは、多くの企業で起きていることではないでしょうか。
経営は売上を求めている。営業はリードを求めている。現場は施策を求めている。広報は認知を求めている。人事は採用ブランドを求めている。
しかし、それらをつなぐ中心の設計がない。
だから、広告が増える。SNSが増える。SEO記事が増える。展示会が増える。動画が増える。MAツールが増える。
それでも、成果は出ない。
なぜなら、中心が空洞化しているからです。
マーケティングのドーナツ化

私はこれを、マーケティングの「ドーナツ化」と呼んでいます。
外側にはたくさんの施策があります。広告、リサーチ、SEO、展示会、セミナー、解析、動画、MA、コンテンツ。
しかし、中心にあるべき価値、メッセージ、顧客理解、事業戦略が抜け落ちている。Happy Marketingの資料でも、ドーナツ化現象は、企業やブランドがマーケティング活動において中心部分を失い、外側の活動にばかり集中する現象として整理しています。
マーケティング本が売れない理由も、ここにあります。
広告本は売れる。SNS本は売れる。SEO本は売れる。AI活用本は売れる。営業本は売れる。
しかし、「マーケティング本」は売れにくい。
なぜなら、多くの読者にとって、マーケティングの中心が見えていないからです。
中心が見えなければ、人は外側の手法を買います。
Instagramで売る方法。生成AIでコンテンツを量産する方法。広告運用の勝ちパターン。SEOで問い合わせを増やす方法。LINEでリピート率を上げる方法。
これらは分かりやすい。すぐに役立ちそうに見える。自分の悩みに直結しているように見える。
一方で、「マーケティングを学ぶ」という言葉は抽象的に見えます。何に効くのかが分かりにくい。誰の仕事なのかも曖昧です。
その結果、マーケティングは必要とされているのに、マーケティングそのものは買われない。
マーケティング本が売れない構造は、マーケターの報酬にもつながっている
これは本だけの問題ではありません。マーケターの報酬にも同じ構造があります。
広告運用は買われる。SNS運用は買われる。SEO記事制作は買われる。LP制作は買われる。メルマガ配信は買われる。
しかし、マーケティングそのものは買われにくい。
なぜか。
クライアントが買いやすいのは、施策だからです。発注しやすいのは、作業だからです。比較しやすいのは、単価だからです。
だからマーケターは、自分の仕事を「広告運用」「SNS運用」「SEO」「コンテンツ制作」として売る。すると、買われやすくはなります。しかし、同時に比較されやすくなります。
他社より安いか。納品が早いか。何本作れるか。何件リードが取れるか。CPAはいくらか。
こうしてマーケターは、経営課題を扱う専門職ではなく、施策を代行する作業者として扱われていきます。
マーケティング本が売れない社会とは、マーケティングが軽く見られている社会です。そして、マーケティングが軽く見られている社会では、マーケターも高く買われにくい。
マーケティングを経営の言葉に戻す
だからこそ、いま必要なのは、マーケティングをもう一度、経営の言葉に戻すことです。
広告を出す前に、誰に何を届けるのかを考える。SNSを始める前に、顧客との関係性を設計する。SEO記事を書く前に、顧客が本当に知りたい問いを見極める。LPを作る前に、価値と導線を整理する。MAツールを入れる前に、顧客との接点を設計する。
マーケティングとは、施策の名前ではありません。
価値をつくり、届け、関係性に変え、事業を成長させるための構想です。
マーケティング本が売れないのは、マーケティングが不要だからではありません。
マーケティングの本当の価値が、まだ十分に理解されていないからです。
そして、その誤解を解くことこそが、これからのマーケターの仕事になります。
参考
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